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「共育のまち池田」実現に向けて

2022/7/15

「市長はアカンけど、議員もアカン!」市民の方から投げかけられたその言葉は、当時市議会議員だった私の頭の中を何度もリフレインしました。令和3年の池田市政は、前市長が庁内にサウナや私物等を持ち込んだ事が問題視され「百条委員会」が設置されるなど、市政施行80年以上の歴史ある池田市は、混乱を極めていました。
私は2019年の統一地方選挙において、初当選をさせていただきました。2年間、市議会議員として市民の方から受けた相談の対応や、教育や子育て施策の拡充を求め、議員活動を行っていました。子育て世代の代表として、目の前の事をひとつひとつ取り組んでいく事と、問題を後回しにしないという事を心に決めていました。議員とはやりがいがある、などとはまだまだ言える状況ではありませんでしたが、奥深い仕事であると思いながらの毎日でした。そんな議員経験2年半の私が、まさかまさか市長選挙に出る事になるなんて・・・。人生は「上り坂」「下り坂」「まさか」があると言いますが、まさにその「まさか」が自身に降りかかってきました。3日3晩、いえ10日10晩以上、毎日悩み続けました。前市長は、私がお世話になった方で、その人が出馬を表明している。私自身、経験も実力もあると思っていません。しかし、混乱する市政の渦中にいた私には、この混乱を収める責任があると考えていました。お世話になったから出馬を見送るという判断こそ「しがらみである」とも思いました。
私は「楽な道を選ばない」という決意をし、即刻市議を辞職しました。退路を断つ事で自分に喝を入れ、市長戦への出馬表明をしたのです。
選挙戦では、多くの仲間、先輩に助けていただきました。選挙で訴えようと決めていた事は「池田市をどんなまちにしていくか。そのためにはどうするのか」これだけでした。私はたった2年しか市議会議員をしていませんが、市長も市議会議員も、それぞれの立場から市民生活向上の為に動くべきだという想いがありました。馴れ合いでは無く、お互いの立場から議論し、高めていく。これが市政発展につながると信じていました。
そして、忘れもしない令和3年8月29日。私は市民の皆さまから信託をいただき、第24第池田市長に就任させていただきました。大阪府初の女性市長という事で注目と期待をいただいているわけですが、私は常に「市長としての判断」を心掛けています。男性も女性も誰もが、という視点を忘れる事はありません。就任の翌日から、怒涛の公務が幕開けました。市長の役割は、方向性を示すことと責任を持つことです。そして私は市民生活の「今」を守りながら「未来」を育てていかなければなりません。多くの学びと気づきがある市長職。与えていただいた時間に感謝し、本日も公務に邁進いたします。

作成者:池田市長
たきざわ 智子 市長

たきざわ 智子