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日本維新の会の議員となる理由

2021/9/1

尼崎市議会議員の西ふじあき子です。この6月の尼崎市議会議員におきまして2期目当選させていただきました。応援に駆け付けて下さいました同志の皆様、サポーターの皆様、ありがとうございました。

私は20歳の時から車上アナウンスの仕事をしており、様々な政党や議員、候補者を見てきました。
選挙の時だけ、良いことを訴える候補者に対しては保身のイメージを持ち続けていました。
しかし、大阪維新の会が誕生した時から街宣活動をご一緒させていただき、本気で自分の報酬を削ってでも未来へ投資をしていく、口先だけでない、本気なんだ、と驚いたことが思い出されます。
私が議員になるきっかけは、その時のお手伝いに入らせていただいた維新の議員の方々との出会いからです。
維新の政策や覚悟、活動を間近に見て、政治家として本気の改革をされる姿を見て共感しました。

私は幼少期から体が弱く15回の入院経験に出産も望めないと思っていましたが奇跡的に2人の子どもに恵まれました。しかし、子どもが2歳と0歳の時に離婚し、嫌がらせ等を受けて、つらい時期がありました。
そんな中で、健康であった友人が4年の間に4人亡くなるという不運に見舞われました。
あんなに元気だった友人が亡くなって病弱な私が生きている。私は生かされているのではないかと。
幼稚園から通った学校で奉仕の精神を学んだことが根底にあり、地域貢献をすることで恩返しをしたいと思うようになり、ボランティア活動を始めました。
「西藤さんがしている活動は議員に通じること。そして、シングルマザーでパートの掛け持ちやボランティア活動をしてバイタリティーもある。議員になってみては?」と背中を押されました。しかし、2人の子育てと仕事に追われ、数年間は決断が出せませんでした。

兵庫県で初めて維新の議員が誕生したのが、尼崎市です。
尼崎市でも、私が住まいを構えるエリアの隣りの駅がもう大阪市内です。
一市民として維新を応援しておりましたが、政治は多数決の世界、維新の議員が増えないと議会で対峙出来ないと考え、大阪維新の会が拡充してきたサービスの更なる向上を、隣接する兵庫県においても広げていきたいと思いました。
そして、40歳の時に体質改善に成功し、薬も不要、健康になりました。
若い時よりも現在の方が元気になり、5年前に市議会議員選挙に立候補する決心をしました。

8年前の2013年の尼崎市議会議員選挙で、初めて維新として5名の候補者が立候補し、合計得票数は15,369票と全体の10%のご支持をいただき、4名が当選。
2017年は、維新より8名が立候補し、合計得票数は21,445票、全体の13.5%のご支持をいただき、7名当選。
2021年6月の尼崎市議会議員選挙でも党勢拡大を目指し、定数42名中維新は11名が立候補し、10名当選、11名の合計得票数も36,526票と全体の24.1%もののご支持をいただき、第2会派となり、大躍進を果たすことが出来ました。

維新に関わり約10年間で多くのことを学び、活動を見続け、議員になるきっかけを得る事が出来て現在の私があります。
そして、維新サポーターの皆様の存在です。サポーターの皆さんの活動には頭が上がりません。
今後も維新を応援して下さる方々のご期待に応えるため、「尼崎のおばちゃん」目線で細かい所に目が行き届く優しい市政を目指し、身近な議員であり続けるように、市民に役に立つ所=『市役所』づくりを推進して参ります。私は皆様に寄り添う議員であり続けることを誓います。

作成者:尼崎市議会議員
西ふじ あき子 議員

西ふじ あき子 議員