
コラム詳細
人生はいつだってこれから
2021/9/8

みなさんこんにちは。尼崎市議会議員の長崎くみです。2021年6月6日の尼崎市議会議員選挙にて初当選をさせて頂き、議員としての一歩を歩み始めたばかりですが、どうぞよろしくお願いします。
私は34年間看護師として働いてきました。
総合病院の小児科病棟で9年間勤め、結婚を機に尼崎市にやってきました。子どもが好きで、希望の小児科に配属されたときはとてもうれしかったです。好きで選んだ小児科でしたが、看護師1年目は、命を預かる仕事の重さと自分の無力さを感じる日々でした。病院でのほとんどの時間を小さな病院のベット上で過ごす子供たち、当時の小児科は、家族の付き添いができない部屋のほうが多く。私たち看護師が、身体・医療のケアだけでなく、絵本を読んだり、歌を歌ったり、折り紙をしたり、思春期の子どもさんが心を開いてくれるように、何気ない言葉や関心事に気を配りながら、毎日を快適に過ごせるようにと、気配りをする仕事でした。厳しい治療にも耐えながら、必死に生きる子ども達のそばで、看護師は寄り添う事しかできないけれど、いつもいつも、「一緒にがんばろう!」そんな気持ちでした。
結婚し2人の子どもにめぐまれて、看護学校の教員として1年経過したときに、夫が市議会議員への立候補をしました。夫の立候補に合わせて教員を辞めて選挙を手伝い、夫が32歳で初当選を果たしたその日から、私は議員の奥さんと呼ばれるようになりました。それが私と政治の新たな出会いとなりました。
『政治家の妻は前に出すぎても、後ろに下がりすぎてもダメだよ』後援会の方から貰った最初の言葉です。その日から、私はどこに立てばよいのか、何を話せばよいのかわからなくなり、多くの失敗を繰り返しながら議員の奥さんを務めてきたと思います。そんな中で、政治家である夫の側で見てきたのは、自分の事の様に夫を応援し、励まし、悔しがり、泣いてくれる後援会の皆さんの姿です。政治家は一人でなれるのではなく、多くの方々に支えられて育ち、生きているのだと感じずにはおれませんでした。
それでも、政治家の妻であり看護師として歩いてきた人生で、まさか自分がその政治家になるなんて当時の私は思ってもいませんでした。
そんな私の気持ちの転機になったのは、コロナ禍です。社会全体が、見えない不安にすっぽりとおおわれてしまっているように思えました。どんな環境にあっても、決して生きることを、家族の元に帰ることを、あきらめなかった病気と闘う子供たちが思い出され、こんな不安を突き破っていけるのは、今の環境を受け入れ、そこから何かを変えていく熱い想いだと、感じました。
こんな時だからこそ、私の看護師での経験が市政に役立つかもと決断し、夫と共に走り切った選挙戦でした。夫や私と一緒に走り、笑い、涙してくださった多くの皆さま本当にありがとうございます。仕事でお返しできるよう頑張り続けます。
ここまで読んで下さった皆様に最後に私の好きな言葉を贈ります
『人生はいつだってこれから!』
多くの人の想いが政策になっていく……
そんな未来を描いて、これからも精進してまいります。
